実利行者の足跡めぐり

前鬼山

zenki1937.jpg吉野熊野国立公園協会 昭和12年発行『吉野熊野国立公園写真帳』より

奈良県下北山村大字前鬼  2010年6月5日
前鬼山は大峯修験道の霊地第二十九靡(なびき)であり、千三百年余りの歴史があると伝えられています。奥駈道の分岐となる太古の辻から急峻な山道を下ったところにあり、集落の北東には第二十八靡(なびき)前鬼裏行場の前鬼三重滝(不動滝、馬頭滝、千手滝、を指す)があります。大峯山の中心とされ、深仙灌頂が行われる深仙宿や釈迦ヶ岳、前鬼三重滝での修行者を支えたのが前鬼五坊でした。前鬼、後鬼の伝説はいろいろあるようですが、明治10年(1877)の前鬼村「当山元由之事」の要訳が『実利行者と修験道』に記載されています。実利行者の時代に記された由来の一部を紹介します。(P11より)

 白鳳三年、役小角は此の山に入り修行を積んだ。(中略)その時、わが祖先の前鬼と後鬼は生駒山に幽居していた。しかし、小角の教化に服従し徒弟となり、此の山に入り共に精進した。(中略)前鬼と後鬼は小角の教えにより、此処に五宇の精舎である行者坊、不動坊、中之坊、森本坊、小仲坊を創建し、徒弟の鬼熊(きぐま)、鬼童(きどう)、鬼上(きがみ)、鬼継(きつぐ)、鬼助(きすけ)の五人に前鬼山を守護させ小角の遺法を継がせた。

名前の先に「五」をつけて五鬼助(ごきじょ)のように名乗るようになったのは、明治3年の平民苗字許可令、明治8年の平民苗字必称義務令以後、国民がすべて名字を持つようになってからのようです。現在は小仲坊だけが残り、61代目当主五鬼助義之氏が大峯奥駈けのシーズンに宿坊を開き、前鬼を護り続けておられます。



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遙かなる前鬼の里  下北山村歴史民俗資料館展示パネル  (撮影時期不明)
前鬼五坊の屋敷跡は現在行者堂と小仲坊を除いてほとんど樹木に覆い尽くされています、パネルは往時の前鬼五坊の様子をよく伝えています。



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前鬼の里  向かって左端が小仲坊の宿坊、中央の石垣の中には行者堂が建っています。右の二棟は新しい施設で、その右後方には五鬼継(森本坊)跡地があり、その跡地沿いには前鬼三重滝へ向かう山道があります。



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行者堂



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行者堂の石垣  内側には清楚な山紫陽花が咲いていました。



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小仲坊の宿坊



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行者堂の石垣  行者堂の西側の石垣に沿って山道を奥に向かって進んで行くと、五鬼上(中之坊)、五鬼童(不動坊)、五鬼熊(行者坊)跡地があります。



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行者坊へと続く山道  山道は途中から左に分かれ奥駈道の太古の辻へと向かいます。




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五鬼熊(行者坊)住居跡

以下は『捨身行者 実利の修験道』(P37~38より)

 笙の窟と天ヶ瀬の関係に類似して、深山に籠る行者は前鬼の村人によって補給をうけたのであるが、ここには五つの坊があった。不動坊、行者坊、中之坊、森本坊と小仲坊である。中でもこの時代には、前鬼行者坊の五鬼熊義真という有名な山伏がここに住んでいて、前鬼へ入山する山伏の一つのあこがれであったと思われる。(中略)明治三年からは前鬼に出て、山籠りとともに仏教と修験道の勉強をしたらしい。それを証明できる資料は、同三年十一月十三日の『垢離文』と同年十二月『転法輪』の後書である。『垢離文』というのは垢離をとるために、池や滝に入る時に唱える文で、これを授けたのは「正大先達快孝法印」であった。この法印山伏の身元は明らかではないが、『転法輪』という一書は、前鬼で書かれた説教の手本である。この本は明治七年の日付であるが、その中の明治三年十二月の注に、大峯□前鬼山梅堂、□□(実利)、山籠行者両峯正大先達・・・と記されているから、その明治三年には笙の窟から前鬼に出て来たことは明らかである。しかもその間に山籠行者を称し、両峯正大先達の資格をえていた。その上、福山周平氏によれば、実利行者は笙の窟の千日行の後、深山の宿にも千日行をした事が書かれている。彼はまた笙の窟から釈迦ヶ嶽と寺垣内に向かったことも、北栄蔵氏によって伝えられている。このように彼は山籠中もしばしば麓の村に出て、勉学したり修法したりして人々の帰依をえていた。以上のようにそれぞれの伝承や資料をまとめてみると、実利行者は明治元年と七年の間に、二度千日行をし、一つは上北山村と笙の窟を中心とした山籠、そして下北山村と深山・前鬼を中心とした山籠をしたものと考えられる。後述するが、実利行者の自筆帳の分析が示すように、彼の思想、信仰と供養の方法は前鬼の五鬼熊義真の下で学んだ。(以上)

「正大先達快孝法印」(一方井自光坊十三代快孝)について



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五鬼熊(行者坊)住居跡



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五坊の跡地  累々と続く石積みが往時を偲ばせます。



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黒谷  前鬼集落の南を東に向かって流れ、やがて前鬼川へ合流します。













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